ダリオ・トナーニの部屋

イタリアのSF作家ダリオ・トナーニを紹介する特設ページです。

メールインタビュー

ダリオ・トナーニ氏にメールで15の質問をしてみました。

 

1.Mondo9』、もしくは最初の短篇「Cardanica」のアイデアはいつ、どのように思いつきましたか? 

(注:『Mondo9』は4つの連作短篇+αから構成され、第一章を構成する短篇「Cardanica」は、それ以前に、独立した作品としてSF雑誌『Robot』に掲載されていた)

 

「いつもそうなのですが、アイデアはひょっこりやってきました。巨大な機械、その機械の中では、独特の複雑な要素が、その機械を構成する各部分によって与えられる、そんな話を書きたいと思いました。しかも、その機械はHAL9000のように知性を備えていますが、HAL9000とは違い、シリコンではなく、むきだしの金属、錆、潤滑油からなる機械です。すぐに私は、自分が怪物を創造したのだと気づきました。その怪物は生きていて、自らの乗員から、自らのための生存戦略を学び、それを発展させる、そのような存在を私は創り出していたのです。まさに生物と、蒸気時代で止まっている人間が製造した物体の狭間にある存在を……」

 

2. 最初にSF雑誌『Robot』に「Cardanica」が掲載されたとき、続きを書くことは考えていましたか?

 

「いいえ。この企画は、それだけで完結する独立した物語を書くことでした。しかし、その後「Cardanica」の電子書籍版が大成功したので、続きの短篇を書くことにしました。最初は、「Cardanica」を評価してくれた読者のために、わずか7ページのボーナストラックのようなものを書こうと考えていました。編集者はこの提案に大賛成でしたが、「Cardanica」と同じくらいの分量で物語を展開させてみてはどうか、と持ちかけてきたのです。それどころか、さらに彼は、3本の連作短篇を書く計画を提示してきました。要するに私は、自分の手で、事態をややこしいものにしまったわけなのです!」

 

3. モンド9はユニークな惑星です。毒の砂、車輪付きの船、鳥と船の謎めいた関係、奇妙な金属など、驚きに満ち溢れています。こうしたアイデアは、ストーリーを考えながら思いついていったのですか? それとも、最初にモンド9の世界設定をきちんと行なった後に、ストーリーを構築していったのですか?

 

「一つのストーリーを作る前に、設定を細かく作成することはありません。すべては、私が執筆する、まさにその瞬間に生じるものの産物なのです。こうした進め方は、著者に対しても、徐々に小説の世界を豊かにしていきます。これは、登場人物にいったい何が起こるのか、読者がページを繰るたびに発見していくのとよく似ています。『Mondo9』の各エピソードには、それぞれ違った新しい要素が導入され、モザイク画が少しずつ完成していき、それによって、船と鳥の共生、〈疫病〉、〈内部者〉と〈外部者〉の関係、〈錆喰らい〉など、示唆に富んだ一つの世界が創造されるのです。」

 

4. Mondo9』で描かれる、金属(もしくは機械)と肉体(もしくは生物)の対立/融合は、おもしろいアイデアです。機械と生物の違いはどこにあると思いますか? それとも両者はよく似ていると考えますか?

 

「肉と金属、人間と機械のあいだの混交は、私の大好きなテーマです。私は何度も何度も、数え切れないほど、長篇小説でも短篇小説でも、さまざまな観点からこのテーマに取り組んできました。生物と人工物の境界線を定めることが不可能な被造物について考えることに、私はのめりこんでいるのです。さらには、興味深い暗示に満ちたその無人地帯で、物語を展開させることにも。未来の機械はますます人間に似たものになっていくでしょう。私たちはメダルの裏面についてはあまり考えないものですが、未来の人間はますます機械に似たものになっていくでしょう……」

 

5. Mondo9』における“肉体”は、非常に印象的です。これは、『Infect@』などのサイバーパンクノワール作品でも同様です(例えば、実体化したカートゥーンの肉体)。“肉体”(もしくは広く、“物質”といってもいいかもしれません)は、あなたの作品の重要な要素だと考えてよろしいでしょうか?

 

「肉体は殻です。まさしく金属、プラスチック、ガラスのような。しかし肉体は、人工的な世界から生物的な世界を分けるものでもあります。物語の中で、生命、知性、意識について、それとなく言及しようと考えるとき、私は、生物的に生まれたものではない存在に、肉を“まとわせます”(『Infect@』のカートゥーンたちにはそうしました)。または、その存在を覆う殻に、肉の特徴を与えます(『Mondo9』の船)。私の書く物語では、殻と肉は容易に混合されますが、それは望まれた混合であり、探し求められた両義性なのです。そして、私の長篇や短篇の中に“感染”の概念が存在していることも、その表れです。“感染”とは、他のものを伝染させる何かですが、それはさまざまな特質を変化させるためであり、つまりは、運命を修正するためなのです……」

 

6. Mondo9』全体に、宗教的な要素(象徴や概念)が数多くちりばめられていると感じましたが、その点はいかがですか?

 

「すばらしい質問ですね。イタリアでは一度もされたことのない質問です。意識、精神、魂……『Mondo9』の船は、善と悪の非常に“高度な”感覚に左右されています。本質的に船は人間から学びたがり、人間を“真似”したがっていて、殻と肉を越えていくものに同化する必要があることを理解しています。殻と肉を超越するもの、それはまさに精神性/霊性であり、あるものと他のものを根本的に区別する唯一のものとして、金属の深部に保存することのできる何かなのです。それは深いところで生きています、“さらに上なるもの”を目指すがゆえに。」

 

7. Mondo9』のかなりの部分が、航行日誌や日記、手帳のメモなど、「書かれたもの」(特に「紙に書かれたもの」)で構成されています。なぜ、このような構成にしたのでしょうか? 「書かれたもの」に、何かこだわりがあるのですか?

 

「書かれたテクスト(航行日誌、手帳、メモ)を小説のあちこちに挿入することは、視点を変える一つの方法です。特に、ストーリーの詳細を提示するため、さらには登場人物が理解した、もしくは著者の介入によって描写された周囲の状況について、その詳細を提示するために使用されます。これは複数の声が作り出すコーラスのようなものであり、私の長篇作品ではよく使用されている方法です(特に『Toxic@』)。この方法を使えば、わずらわしい“インフォダンプ”(注:多量の情報を一度に与えること)を避けながら、必要な情報を読者により多く伝えることができると思うからです。それから、私は筆記というものに特別なつながりを感じています。手書きが大好きで、そのために私はボールペンと万年筆をコレクションしています。」

 

8. Mondo9』は、イタリアではスチームパンクのジャンルに入っていますが、近年、日本の読者が一般的にスチームパンクについて抱いているイメージ(例えば、擬似的な蒸気文明世界における冒険もの、のような)とは多少異なっているかもしれません。イタリアでは、スチームパンクは日本よりも幅広くとらえられているのでしょうか?

 

「イタリアでも『Mondo9』は、さまざまなジャンルの境界線上にあるとみなされていますし、私の作品の大半がそうです。『Mondo9』は、この潮流に入れられる多くの作品のような、ヴィクトリア朝時代が舞台の古典的なスチームパンクではありません。けれども、このラベルは嫌いではないし、スチームパンクというラベルは、要するに許容範囲の広い、大まかな枠組みなのです。つまりは、スチーム(蒸気)が登場すれば、それだけでこのジャンルに加えるには充分でしょう。」

 

9. 小説を書き始めたのはいつごろでしょうか? そのきっかけは?

 

「子供の頃から私は、書くことにいつも憧れを抱いていましたし、遅かれ早かれこの仕事に就くことになるのは分かっていました。イタリアでは、ジャンル作家として執筆活動だけで食べていくのは非常に難しいとしてもです。こうして私は、作家という職業に最も“近い”職業を選びました。ジャーナリストです。しかし、この二つの職業は非常に異なったものであり、事実の話と空想の話、それぞれへの取り組み方には大きな隔たりがありますね。」

 

10. 好きな作家は? 他のインタビューでは、P・K・ディックに大きな影響を受けているとありますが、一番好きなディック作品は?

 

「その通り、P・K・ディックは最もお気に入りの作家の一人です。他にも、コーマック・マッカーシー、J・G・バラード、チャック・パラニューク、リチャード・K・モーガン。ディックで一番好きな作品ですか? 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』と『最後から二番目の真実』です。『最後から二番目の真実』は、私の小説『L’algoritmo bianco』で、少しだけ引用しています。」

 

11. 日本の作品(小説、映画、漫画、アニメ等)で、好きなものはありますか?

 

村上春樹鈴木光司のいろいろな小説が、私の本棚には並んでいますし、同世代の西洋の多くの子供たちと同じく、宮崎駿のアニメーション映画や日本のアニメを観て育ちました。しかし、あなた方の国とわが家には、別のつながりもあるのですよ。実は、私の妻は電気技師で、数年前まで、月に二度、仕事で東京に出張していました。日本での日々や、日本の生活様式や文化について、感じたことをすべて彼女に話してもらっていました。そうした体験談には、とても魅了されました。」

 

12. 日本から『Mondo9』の翻訳出版のオファーが来たとき、どう思われましたか? 驚きましたか?

 

「その通りです。驚きましたし、大変嬉しく思いました。ある朝、出版者から一通のメールを受け取り、それから、代理人を通してすべてが始まったのです。「Cardanica」のアメリカ市場での翻訳出版も、すばらしい経験でした。スチームパンクの父の一人、偉大なるポール・ディ・フィリポが編集に参加してくれたのですから。」

(注:「Cardanica」は、2010年に英訳版が電子書籍で刊行された)

 

13. 日本ではイタリアSFの出版数はごくわずかです。例えば、リーノ・アルダーニ『第四次元』や、イタロ・カルヴィーノレ・コスミコミケ』『柔らかい月』、最近ではステファノ・ベンニ『聖女チェレステ団の悪童』『海底バール』などが、これまで出版されていますが、非常に少ないと言えるでしょう。しかし私は、イタリアSFの質は非常に高く、日本でも受け入れられると考えています。それについてはどうお考えですか?

 

「残念ながらイタリア語は辺境の言語であり、その辺境において、SFはさらに辺境に位置し、本当に小さな空間しか占めていません。しかし、日本で翻訳されたイタリアのSF作家たちの作品は非常に良質です。カルヴィーノは、学校で推薦図書になっている古典であり、ベンニは今やカルト的な人気を誇る作家です。アルダーニについては、イタリアで最も大きな出版社モンダドーリが、数年前に、彼の最も有名な長編作品を2冊再刊しました。さらには、私の友人ルカ・マサーリもここに加えるべきでしょう! サイバーパンクとウクロニア(改変歴史もの)は、今、イタリアで最も“盛り上がっている”サブジャンルです。これらは日本でも、スチームパンクと同様に受け入れられると確信しています。」

 

14. 日本では90年代に「SF冬の時代」と言われたこともありましたが、現在、SFジャンルは復活を遂げたとされています。イタリアSFの現状はいかがでしょうか?

 

「イタリアでもSFは、読者数から言えば、かなり厳しい状況にあります。しかし創作活動の観点から見ると、SFの置かれた状況が、これほど輝かしく、活発だったことは今までありませんでした。現在、さまざまな作家が、外国で翻訳出版されるようになったのです。これは復活を示す最高のしるしであり、書店の本棚に並ぶSF作品の数にも、いい影響を与えることになるでしょう。」

 

15. 日本の読者にメッセージをお願いします。

 

「『Mondo9』は非常にヴィジュアル的な小説であり、日本は、空想とイメージが結合し、本物の驚異を生み出すことのできる場所です。この小説の主役たちは、すべて船です。私はただ物語と登場人物を船に乗せただけであり、あなた方が乗り込む場所を見つけに来てくれることを私も願っています。ともあれ、日本の読者のみなさんに、はじめましてのご挨拶を心から送りたいと思います。」

 

201424日、セグラーテ(イタリア、ミラノ県)にて

 

*  *  *

 

あとがき

 

ダリオ・トナーニ・メールインタビューは、以前からやりたかった企画でしたが、Mondo9の訳出作業で忙しく、延び延びになっていました。訳出が終わった頃、トナーニ氏が「何かプロモーションの協力をしたい」というメールをくださり、「じゃあメールインタビューを……」ということになりました。もっと内容に踏み込んだ質問もいろいろと考えてはいたのですが、今回は、これから『モンド9』を読む読者のために、という趣旨なので、そうした質問は最低限に抑えた上で、15の質問を作成しました。とはいえ、トナーニ作品における「書かれた言葉」「肉体もしくは肉化」「対立物の結合」等の問題は、個人的に興味がありますので、少しだけ質問に入れています。

 

『モンド9』日本版の発行はイタリアSF界にとって、ちょっとした事件だったようです。ルカ・マサーリ『時鐘の翼』日本版発行も驚きを与えましたが、今回は最新の作品(2012年刊)ということもあり、かなりのビッグニュースになりました(イタリアSF界で、ということですが)。さらには、つい先日、トナーニ氏よりも少し若い世代のSF作家フランチェスコ・ヴェルソ(Francesco Verso)の『Livido』が、オーストラリアで紙の書籍として英訳出版されることが決まりました。同時にこの英語版は、電子書籍として全世界に向けて発売されることになっています。このニュースも大きな話題になりました。イタリアSF界(正確にはイタリア語SF界)はそれほど大きな世界ではありませんが、いい作家、いい作品は多数存在しますし、現在進行形で生まれ続けています。そうした良質の作品が国外で紹介され、翻訳され、読まれていくのは喜ばしいことですし、きっとイタリアSF界の活性化にもつながっていくことでしょう。

 

最後に、ダリオ・トナーニ氏の最新状況について少し。201310月から、Mondo9新シリーズの連作短篇4本「Mechardionica」「Abradabad」「Coriolano」「Bastian」が、ほぼ1ヵ月に1本のペースで、電子書籍で刊行され、現在は(20142月)、5本目に取りかかっているそうです。これはDelos Booksからの刊行ですが、同出版社は昨年、Bus Stopという、「バスや地下鉄に乗っているあいだに読み終わる」というコンセプトの、新作短篇(もしくは連作)バラ売りの電子書籍叢書を立ち上げました。なかなか面白い試みだと思います。このMondo9新シリーズもその一つで、後に1冊にまとめられることが予定されています。

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