ダリオ・トナーニの部屋

イタリアのSF作家ダリオ・トナーニを紹介する特設ページです。

ダリオ・トナーニ特集:はじめに&更新情報

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2014年2月22日にシーライトパブリッシング社から刊行されたイタリアSF小説『モンド9』(Mondo9)と、その著者ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)を紹介する特設ページです。下記の目次、もしくは本ページの左サイド上部に特設記事のリストがありますので(各記事にリンクしています)、ご覧になりたい記事を選んでください。

 

更新情報

2014/02/28 ダリオ・トナーニ氏のメッセージ

2014/02/12 『モンド9』冒頭部試し読み

2014/02/11 メールインタビュー

 

目次

 

なお、本サイトは個人ブログです。本ブログの作成にあたっては、画像使用やインタビュー等、ダリオ・トナーニ氏に協力していただいていますが、本ブログにおける一切の責任は、ブログの作成者(『モンド9』訳者)にあります。

ダリオ・トナーニ氏のメッセージ

私の『モンド9』を評価し、感想を書いてくださっている日本の読者のみなさんに、心から感謝いたします。みなさんの言葉は、新作執筆に取り組んでいる私の大きな心の支えです。新作とは『モンド9』の続編で、今、草稿を仕上げているところです。新しい船、新しい驚きの主人公たちが登場し、新しい冒険が繰り広げられます。また、みなさんとの架け橋になってくれている、翻訳者の久保耕司氏にも大きな感謝を述べたいと思います。それではまたお会いいたしましょう。

(2014年2月27日 ダリオ・トナーニ)

 

注:

トナーニ氏は、『モンド9』が日本で受け入れられるかどうか気になり、時々、いくつかのキーワードで検索してtwitterをチェックしているそうです。短い文面ならgoogle翻訳でだいたい間に合うそうですが、長いものはさすがに無理なので、私が訳して伝えています。肯定的な感想が多数ツイートされていることを知り、大変喜んでいて、ぜひ皆さんに感謝のメッセージを伝えたい、ということで、今回メッセージを掲載いたしました。(訳者)

『モンド9』冒頭部試し読み

プロローグ全文と第1章の「Cardanica」の冒頭部の試し読みコーナーです。一部の表記やスタイルが書籍のものとは異なっています(例えば、ふりがながついていない、フォントが異なる、横書きになっている、献辞省略、等)。そのため、多少印象が変わってしまうかもしれません。その点はご留意ください。

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『モンド9』

 

 

プロローグ

 

 

地平線上には何も見えない。

 私たちを追ってくる船は姿を消した。まさに蒸発した。

 砂上にいるのは私たちだけ。

 喜ぶべきなのだろうが、それほど喜べない。突然の圧力低下が頻繁に起こり、ボイラーは息切れを起こし、エンジンは限界に達している。砂丘をこれ以上進むのは危険な賭けだ。敵に肉を削がれなくても、砂漠が私たちを要求してくる。そんな気がする。

 船室に行くために私は通路を脇道に逸れ、船首の継手タイヤに通じるハッチの前を通った。何か身震いを覚える。この付近はもう、うろつかないようにしよう。

 

 ガッラスコは航行日誌から顔を上げると、机の上に置かれたガラス瓶に目を向け、瓶の口を覆っているハンカチを取りのけた。瓶の中では、五本指ほどの高さのまじり気のない砂に包まれて、小さな〈錆喰らいアザミ〉が休んでいる。船室の無口な相棒だ。

 茎と花冠は見えなかった。完全にミニチュアの砂漠の中にはまり込んでいる。

 瓶の脇には、古いネジとボルトでいっぱいの鉢。ガッラスコはネジを二本取り、瓶の中に落とし入れた。

 最初は何も起こらなかった。再び尖筆を手に取り、航行日誌に戻る。ハンカチはそのままに……。

 

 乗員たちと話をしておくべきかもしれないが、彼らの我慢強さにつけこむことはしたくない。部下たちは疲れ果てている。彼らの多くが三十六時間前から一睡もしていない。誰もがすべきなのは……

 

 小さな砂の間歇泉とともに何かが一メートルの高さまで噴き上がり、それから紙の上に落ちて、書いたばかりの行のインクを汚した。極小の砂粒が紙の上に撒き散らされた。ガッラスコは片手の手のひらで砂を払い、もう片方の手で、砂から再び現れた小さなネジを拾った。錆の痕跡はまったく残っておらず、軸は銀のようにぴかぴかで、ねじ切りされたばかりのように見える。

 ガッラスコは体の向きを変えて、透明なガラス瓶を観察した。〈錆喰らいアザミ〉は茎をまっすぐに伸ばし、まるで〈ロブレド〉の艦長の視線に挑んでいるかのようだった。花冠は閉じ、二つめの餌をしっかりくわえていた。

「札付きの悪ガキめ!」

 この小さな植物は砂の上にうずくまって獲物を反芻していた。その直後、二つ目のネジがガラス瓶に向かって勢いよく吐き出されるやいなや、瓶が粉々に砕けた。

「くそったれ!」ガッラスコはとっさに後ろに飛び退いた。

 インク瓶がひっくり返り、航行日誌の上に溢れでた砂に染みていく。

 ガッラスコは両腕を上げてもう一度悪態をつき、船室を出るとドアを荒っぽく閉めた。彼もバイオリンの弦のように張りつめていた。どのくらい前からまともに眠っていないのだろうか? もしかすると――とガッラスコは思う――操舵室に行って、副操舵手がどのように難局を切り抜けているのか確認した方がいいかもしれない。砂漠は、本物の砂漠は、いつだって眺めるにふさわしい壮観な一大スペクタクルなのだから……

 

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メールインタビュー

ダリオ・トナーニ氏にメールで15の質問をしてみました。

 

1.Mondo9』、もしくは最初の短篇「Cardanica」のアイデアはいつ、どのように思いつきましたか? 

(注:『Mondo9』は4つの連作短篇+αから構成され、第一章を構成する短篇「Cardanica」は、それ以前に、独立した作品としてSF雑誌『Robot』に掲載されていた)

 

「いつもそうなのですが、アイデアはひょっこりやってきました。巨大な機械、その機械の中では、独特の複雑な要素が、その機械を構成する各部分によって与えられる、そんな話を書きたいと思いました。しかも、その機械はHAL9000のように知性を備えていますが、HAL9000とは違い、シリコンではなく、むきだしの金属、錆、潤滑油からなる機械です。すぐに私は、自分が怪物を創造したのだと気づきました。その怪物は生きていて、自らの乗員から、自らのための生存戦略を学び、それを発展させる、そのような存在を私は創り出していたのです。まさに生物と、蒸気時代で止まっている人間が製造した物体の狭間にある存在を……」

 

2. 最初にSF雑誌『Robot』に「Cardanica」が掲載されたとき、続きを書くことは考えていましたか?

 

「いいえ。この企画は、それだけで完結する独立した物語を書くことでした。しかし、その後「Cardanica」の電子書籍版が大成功したので、続きの短篇を書くことにしました。最初は、「Cardanica」を評価してくれた読者のために、わずか7ページのボーナストラックのようなものを書こうと考えていました。編集者はこの提案に大賛成でしたが、「Cardanica」と同じくらいの分量で物語を展開させてみてはどうか、と持ちかけてきたのです。それどころか、さらに彼は、3本の連作短篇を書く計画を提示してきました。要するに私は、自分の手で、事態をややこしいものにしまったわけなのです!」

 

3. モンド9はユニークな惑星です。毒の砂、車輪付きの船、鳥と船の謎めいた関係、奇妙な金属など、驚きに満ち溢れています。こうしたアイデアは、ストーリーを考えながら思いついていったのですか? それとも、最初にモンド9の世界設定をきちんと行なった後に、ストーリーを構築していったのですか?

 

「一つのストーリーを作る前に、設定を細かく作成することはありません。すべては、私が執筆する、まさにその瞬間に生じるものの産物なのです。こうした進め方は、著者に対しても、徐々に小説の世界を豊かにしていきます。これは、登場人物にいったい何が起こるのか、読者がページを繰るたびに発見していくのとよく似ています。『Mondo9』の各エピソードには、それぞれ違った新しい要素が導入され、モザイク画が少しずつ完成していき、それによって、船と鳥の共生、〈疫病〉、〈内部者〉と〈外部者〉の関係、〈錆喰らい〉など、示唆に富んだ一つの世界が創造されるのです。」

 

4. Mondo9』で描かれる、金属(もしくは機械)と肉体(もしくは生物)の対立/融合は、おもしろいアイデアです。機械と生物の違いはどこにあると思いますか? それとも両者はよく似ていると考えますか?

 

「肉と金属、人間と機械のあいだの混交は、私の大好きなテーマです。私は何度も何度も、数え切れないほど、長篇小説でも短篇小説でも、さまざまな観点からこのテーマに取り組んできました。生物と人工物の境界線を定めることが不可能な被造物について考えることに、私はのめりこんでいるのです。さらには、興味深い暗示に満ちたその無人地帯で、物語を展開させることにも。未来の機械はますます人間に似たものになっていくでしょう。私たちはメダルの裏面についてはあまり考えないものですが、未来の人間はますます機械に似たものになっていくでしょう……」

 

5. Mondo9』における“肉体”は、非常に印象的です。これは、『Infect@』などのサイバーパンクノワール作品でも同様です(例えば、実体化したカートゥーンの肉体)。“肉体”(もしくは広く、“物質”といってもいいかもしれません)は、あなたの作品の重要な要素だと考えてよろしいでしょうか?

 

「肉体は殻です。まさしく金属、プラスチック、ガラスのような。しかし肉体は、人工的な世界から生物的な世界を分けるものでもあります。物語の中で、生命、知性、意識について、それとなく言及しようと考えるとき、私は、生物的に生まれたものではない存在に、肉を“まとわせます”(『Infect@』のカートゥーンたちにはそうしました)。または、その存在を覆う殻に、肉の特徴を与えます(『Mondo9』の船)。私の書く物語では、殻と肉は容易に混合されますが、それは望まれた混合であり、探し求められた両義性なのです。そして、私の長篇や短篇の中に“感染”の概念が存在していることも、その表れです。“感染”とは、他のものを伝染させる何かですが、それはさまざまな特質を変化させるためであり、つまりは、運命を修正するためなのです……」

 

6. Mondo9』全体に、宗教的な要素(象徴や概念)が数多くちりばめられていると感じましたが、その点はいかがですか?

 

「すばらしい質問ですね。イタリアでは一度もされたことのない質問です。意識、精神、魂……『Mondo9』の船は、善と悪の非常に“高度な”感覚に左右されています。本質的に船は人間から学びたがり、人間を“真似”したがっていて、殻と肉を越えていくものに同化する必要があることを理解しています。殻と肉を超越するもの、それはまさに精神性/霊性であり、あるものと他のものを根本的に区別する唯一のものとして、金属の深部に保存することのできる何かなのです。それは深いところで生きています、“さらに上なるもの”を目指すがゆえに。」

 

7. Mondo9』のかなりの部分が、航行日誌や日記、手帳のメモなど、「書かれたもの」(特に「紙に書かれたもの」)で構成されています。なぜ、このような構成にしたのでしょうか? 「書かれたもの」に、何かこだわりがあるのですか?

 

「書かれたテクスト(航行日誌、手帳、メモ)を小説のあちこちに挿入することは、視点を変える一つの方法です。特に、ストーリーの詳細を提示するため、さらには登場人物が理解した、もしくは著者の介入によって描写された周囲の状況について、その詳細を提示するために使用されます。これは複数の声が作り出すコーラスのようなものであり、私の長篇作品ではよく使用されている方法です(特に『Toxic@』)。この方法を使えば、わずらわしい“インフォダンプ”(注:多量の情報を一度に与えること)を避けながら、必要な情報を読者により多く伝えることができると思うからです。それから、私は筆記というものに特別なつながりを感じています。手書きが大好きで、そのために私はボールペンと万年筆をコレクションしています。」

 

8. Mondo9』は、イタリアではスチームパンクのジャンルに入っていますが、近年、日本の読者が一般的にスチームパンクについて抱いているイメージ(例えば、擬似的な蒸気文明世界における冒険もの、のような)とは多少異なっているかもしれません。イタリアでは、スチームパンクは日本よりも幅広くとらえられているのでしょうか?

 

「イタリアでも『Mondo9』は、さまざまなジャンルの境界線上にあるとみなされていますし、私の作品の大半がそうです。『Mondo9』は、この潮流に入れられる多くの作品のような、ヴィクトリア朝時代が舞台の古典的なスチームパンクではありません。けれども、このラベルは嫌いではないし、スチームパンクというラベルは、要するに許容範囲の広い、大まかな枠組みなのです。つまりは、スチーム(蒸気)が登場すれば、それだけでこのジャンルに加えるには充分でしょう。」

 

9. 小説を書き始めたのはいつごろでしょうか? そのきっかけは?

 

「子供の頃から私は、書くことにいつも憧れを抱いていましたし、遅かれ早かれこの仕事に就くことになるのは分かっていました。イタリアでは、ジャンル作家として執筆活動だけで食べていくのは非常に難しいとしてもです。こうして私は、作家という職業に最も“近い”職業を選びました。ジャーナリストです。しかし、この二つの職業は非常に異なったものであり、事実の話と空想の話、それぞれへの取り組み方には大きな隔たりがありますね。」

 

10. 好きな作家は? 他のインタビューでは、P・K・ディックに大きな影響を受けているとありますが、一番好きなディック作品は?

 

「その通り、P・K・ディックは最もお気に入りの作家の一人です。他にも、コーマック・マッカーシー、J・G・バラード、チャック・パラニューク、リチャード・K・モーガン。ディックで一番好きな作品ですか? 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』と『最後から二番目の真実』です。『最後から二番目の真実』は、私の小説『L’algoritmo bianco』で、少しだけ引用しています。」

 

11. 日本の作品(小説、映画、漫画、アニメ等)で、好きなものはありますか?

 

村上春樹鈴木光司のいろいろな小説が、私の本棚には並んでいますし、同世代の西洋の多くの子供たちと同じく、宮崎駿のアニメーション映画や日本のアニメを観て育ちました。しかし、あなた方の国とわが家には、別のつながりもあるのですよ。実は、私の妻は電気技師で、数年前まで、月に二度、仕事で東京に出張していました。日本での日々や、日本の生活様式や文化について、感じたことをすべて彼女に話してもらっていました。そうした体験談には、とても魅了されました。」

 

12. 日本から『Mondo9』の翻訳出版のオファーが来たとき、どう思われましたか? 驚きましたか?

 

「その通りです。驚きましたし、大変嬉しく思いました。ある朝、出版者から一通のメールを受け取り、それから、代理人を通してすべてが始まったのです。「Cardanica」のアメリカ市場での翻訳出版も、すばらしい経験でした。スチームパンクの父の一人、偉大なるポール・ディ・フィリポが編集に参加してくれたのですから。」

(注:「Cardanica」は、2010年に英訳版が電子書籍で刊行された)

 

13. 日本ではイタリアSFの出版数はごくわずかです。例えば、リーノ・アルダーニ『第四次元』や、イタロ・カルヴィーノレ・コスミコミケ』『柔らかい月』、最近ではステファノ・ベンニ『聖女チェレステ団の悪童』『海底バール』などが、これまで出版されていますが、非常に少ないと言えるでしょう。しかし私は、イタリアSFの質は非常に高く、日本でも受け入れられると考えています。それについてはどうお考えですか?

 

「残念ながらイタリア語は辺境の言語であり、その辺境において、SFはさらに辺境に位置し、本当に小さな空間しか占めていません。しかし、日本で翻訳されたイタリアのSF作家たちの作品は非常に良質です。カルヴィーノは、学校で推薦図書になっている古典であり、ベンニは今やカルト的な人気を誇る作家です。アルダーニについては、イタリアで最も大きな出版社モンダドーリが、数年前に、彼の最も有名な長編作品を2冊再刊しました。さらには、私の友人ルカ・マサーリもここに加えるべきでしょう! サイバーパンクとウクロニア(改変歴史もの)は、今、イタリアで最も“盛り上がっている”サブジャンルです。これらは日本でも、スチームパンクと同様に受け入れられると確信しています。」

 

14. 日本では90年代に「SF冬の時代」と言われたこともありましたが、現在、SFジャンルは復活を遂げたとされています。イタリアSFの現状はいかがでしょうか?

 

「イタリアでもSFは、読者数から言えば、かなり厳しい状況にあります。しかし創作活動の観点から見ると、SFの置かれた状況が、これほど輝かしく、活発だったことは今までありませんでした。現在、さまざまな作家が、外国で翻訳出版されるようになったのです。これは復活を示す最高のしるしであり、書店の本棚に並ぶSF作品の数にも、いい影響を与えることになるでしょう。」

 

15. 日本の読者にメッセージをお願いします。

 

「『Mondo9』は非常にヴィジュアル的な小説であり、日本は、空想とイメージが結合し、本物の驚異を生み出すことのできる場所です。この小説の主役たちは、すべて船です。私はただ物語と登場人物を船に乗せただけであり、あなた方が乗り込む場所を見つけに来てくれることを私も願っています。ともあれ、日本の読者のみなさんに、はじめましてのご挨拶を心から送りたいと思います。」

 

201424日、セグラーテ(イタリア、ミラノ県)にて

 

*  *  *

 

あとがき

 

ダリオ・トナーニ・メールインタビューは、以前からやりたかった企画でしたが、Mondo9の訳出作業で忙しく、延び延びになっていました。訳出が終わった頃、トナーニ氏が「何かプロモーションの協力をしたい」というメールをくださり、「じゃあメールインタビューを……」ということになりました。もっと内容に踏み込んだ質問もいろいろと考えてはいたのですが、今回は、これから『モンド9』を読む読者のために、という趣旨なので、そうした質問は最低限に抑えた上で、15の質問を作成しました。とはいえ、トナーニ作品における「書かれた言葉」「肉体もしくは肉化」「対立物の結合」等の問題は、個人的に興味がありますので、少しだけ質問に入れています。

 

『モンド9』日本版の発行はイタリアSF界にとって、ちょっとした事件だったようです。ルカ・マサーリ『時鐘の翼』日本版発行も驚きを与えましたが、今回は最新の作品(2012年刊)ということもあり、かなりのビッグニュースになりました(イタリアSF界で、ということですが)。さらには、つい先日、トナーニ氏よりも少し若い世代のSF作家フランチェスコ・ヴェルソ(Francesco Verso)の『Livido』が、オーストラリアで紙の書籍として英訳出版されることが決まりました。同時にこの英語版は、電子書籍として全世界に向けて発売されることになっています。このニュースも大きな話題になりました。イタリアSF界(正確にはイタリア語SF界)はそれほど大きな世界ではありませんが、いい作家、いい作品は多数存在しますし、現在進行形で生まれ続けています。そうした良質の作品が国外で紹介され、翻訳され、読まれていくのは喜ばしいことですし、きっとイタリアSF界の活性化にもつながっていくことでしょう。

 

最後に、ダリオ・トナーニ氏の最新状況について少し。201310月から、Mondo9新シリーズの連作短篇4本「Mechardionica」「Abradabad」「Coriolano」「Bastian」が、ほぼ1ヵ月に1本のペースで、電子書籍で刊行され、現在は(20142月)、5本目に取りかかっているそうです。これはDelos Booksからの刊行ですが、同出版社は昨年、Bus Stopという、「バスや地下鉄に乗っているあいだに読み終わる」というコンセプトの、新作短篇(もしくは連作)バラ売りの電子書籍叢書を立ち上げました。なかなか面白い試みだと思います。このMondo9新シリーズもその一つで、後に1冊にまとめられることが予定されています。

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『モンド9』について

『モンド9』「訳者あとがき」から抜粋

 

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 世界のSFといえば質的にも量的にも英米が中心であることは否定できないが、作品の質や面白さについては日本のSFも決して引けは取らないし、実はイタリアのSFだって負けていない。それなのにイタリアSFの邦訳出版数はごくわずか。そんな現状を少しでもなんとかできないかと、これまで古典作品のエミリオ・サルガーリ著『二十一世紀の驚異』、九十年代のルカ・マサーリ著『時鐘の翼』と訳してきた。そして今回、このダリオ・トナーニ著『モンド9』を紹介できたことは喜ばしい限り。二〇一二年末に刊行され、すでにイタリア国内のSF賞であるイタリア賞とカシオペア賞を受賞した『モンド9』は、まさにイタリアSFの今を代表する作品と言えるだろう。

 まだ本文を読んでいない方のために簡単に内容を紹介しておこう。舞台は「世界‐9」(モンドノーヴェ)と呼ばれる惑星。物語の大半が砂漠で展開されるが、雨も雪も降り、海も山も氷塊もある。砂漠の砂は有毒で、体内に取り込んでしまうと体が蝕まれていく。そんな世界で繰り広げられる四篇の連作。さらにはその合間に「間奏」と題された掌篇がいくつか挟まれて、各篇をつなげたり、作品世界を広げたりしている。

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 まずは最初のCardanica。大きな車輪を備えた巨大船〈ロブレド〉が蒸気を吐きながら砂漠を進んでいく。だが突然の座礁により、艦長ガッラスコと副長ヴィクトルは、緊急脱出艇にもなる「継手タイヤ」に乗って脱出(〈ロブレド〉のタイヤとジョイント部が母船から分離し、脱出艇に変形するのだ)。外は毒の砂の世界。一番近くの港にたどり着くまで脱出艇から外に出ることは物理的に不可能。どのくらい時間がかかるのかも不明。独特の機械工学の産物である継手タイヤは謎が多く、その中でいつ終わるとも知れない監禁状態におかれた二人は、悪夢のような体験をすることになる。

 この章は、すべての始まりだ。連作化する前に単発の短篇として最初に書かれたのがこのCardanica である。砂漠、タイヤ付きの船、独特の機械工学、人間と機械の関係、金属、歯車、滑車、ねじ、ボルト、配管、油、錆、蒸気、そして血と肉……。くすんだ色調と、それと対照的な血の色が印象的な、ホラー風味の入ったスチームパンクSFと言える。

 残りの章は、読者の楽しみを奪わないようにごく簡単に紹介しておこう。第二章Robredo は巨大な残骸の側で、砂漠の毒に侵されながら暮らす父と息子の物語。残骸に巣を作っている巨大な鳥の餌を奪い取って日々の食料にしている二人。ある日、残骸の上で父が拾ってきた奇妙な卵。そして突然降り始めた雨。二人の運命は大きく変わる。

 

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 第三章Chatarra は海上に浮かぶ、破棄された船の残骸が積み重なってできた島へ向かう〈毒使い〉の姉と弟の物語。二人の任務は毒を注射した生餌を使い、まだ生きている船を殺すこと。身体を金属化させる謎の〈疫病〉に気をつけながら、二人は廃物の島〈チャタッラ〉の奥へ小舟で向かっていく。

 第四章Afritania は、砂漠を行く超巨大な船であり移動する都市でもある〈アフリタニア〉に乗っている一人の男の物語。この章は本書のクライマックスであり、とある登場人物が再び登場する。モンドノーヴェにおける船と鳥と金属と人間の、神秘的とも言える謎めいた驚愕の関係がついに明らかにされる。

 そして迎えるエピローグ……。

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 砂の惑星と言えばフランク・ハーバートデューン』だし、移動する都市/船は近年ではフィリップ・リーヴ『移動都市』にも登場する。狂った機械といえばA・C・クラーク『二〇〇一年宇宙の旅』でもお馴染みのもの。そして、次々に出てくる滑車、歯車、配管、継手、そして蒸気、まさにスチームパンクの要素が山盛り。設定のいくつかの要素を抜き出してみれば、特に目新しいというわけではない。だがそんなことはまったく問題にはならない。著者トナーニはそうした馴染みの素材を使いながらも、それに独自の要素を加えつつ、独自の方法で料理し、圧倒的なオリジナリティと強烈なイマジネーションに満ち溢れた、実にすさまじい物語を作り上げている。

 四つの各章で登場人物を替えながら、いきなり核心部を見せることなく、少しずつゆっくりとモンドノーヴェの姿が明かされていく流れは味わい深い。人間と機械、肉と金属、血とオイル、生と死、対立するものの境界が侵犯されていくフェティッシュとも言える愉楽は、まさしくトナーニ作品の真骨頂だと思う。謎の惑星モンドノーヴェ、その過酷な環境に生きる者たち、謎めいた技術によって作り上げられた金属や機械、奇妙な動植物、鳥と卵と機械の共生、さらには生と死と肉体と魂と金属の秘めたる関係には詩的で宗教的な雰囲気も漂う……いや、あまり多くは語らないでおこう。ともかく、この驚くべき小説世界をぜひ堪能していただきたい。また、日誌やノートに書かれた文章、または会話の記録が頻繁に挿入される独特の構成にも注目してみると面白いだろう。「書(描)かれたもの」へのトナーニの眼差しには何か特別なものが感じられる(それは本書だけではなく、他の作品、例えばInfect@ L'algoritmo bianco にも見られるものだ)。

(以下略)

ダリオ・トナーニ略歴

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ダリオ・トナーニ(Dario Tonani

 

1959年ミラノ生まれ。ボッコーニ大学で政治経済学を専攻。だが、物書きとして生きていくことを選ぶ。ジャーナリストとして、『Quattroruote』誌や『Ruoteclassiche』誌のような専門誌に記事を書く。

 

SF、ファンタジー、ホラー、スリラーへの大きな情熱を持ち、イタリアのジャンル誌(『Giallo Mondadori』『Segretissimo』『Urania』『Millemondi』『Robot』)、アンソロジー(出版社は、MondadoriBiettiStampa AlternativaAddictionsPuntozeroComic ArtDelos Books)、雑誌、新聞に、長篇作品や80本ほどの短篇を発表。

 

20074月、『Urania』誌上で、トナーニの最も称賛された作品が発表された。それがSFノワールInfect@』だ。この作品は、2005年にウラニア賞の第2位を獲得、映画化権も売られた。この小説では、カートゥーン化された多民族的都市ミラノが描かれたが、これと同じミラノを舞台した一連の短篇も発表された。その最初のものが「Velvet Diluvio」で、200710月に、またもや『Urania』誌に掲載された。

 

infect@』以前にも『Urania』誌には、トナーニの作品は2度掲載されたことがある。1998年には『Urania - Millemondi: Strani Giorni』に短篇「Garze」が掲載。この作品はフランス語にも訳された。そして2003年には、ホラー特集号『Urania - In fondo al nero』に、「Necroware」が掲載された。

 

20093月には、再び『Urania』誌に、短めの長篇2作からなるAgoversoミニシリーズ『L’algoritmo bianco』が掲載。どちらも2045年のミラノを舞台にした作品で、主人公も同じである(殺し屋グレゴリウス・モッファ)。

 

2010年にはMondadori社の雑誌に、二本のノワール作品を発表。1月に「Il fuoco non perde mai」が『Segretissimo』誌(1559号)に、7月に「L'escapista」が叢書Giallo Mondadori3007号)に、それぞれ掲載された。

 

20108月には40k Booksから電子書籍として、スチームパンク・ミニ・サーガの第一章「Cardanica」が刊行された。続いて同出版社から、続編の「Robredo」(20112月)、「Chatarra」(20115月)、「Afritania」(20121月)が刊行。2011年には「Cardanica」がアメリカ合衆国電子書籍として刊行され、9週間に渡り、アメリカのamazonのテクノスリラーのランキングで、トップ100に入り続けた。この作品は、スチームパンクの父、ポール・ディ・フィリポからの熱烈な賛辞を得た。

 

20113月、Delos Booksから短篇集『Infected Files』が、紙の書籍と電子書籍で刊行。この短篇集には、トナーニの最良のSF短篇が収録されている。本書の12の短篇作品は――再録作と未発表作(そのうちのいくつかは、『Infect@』や『Toxic@』と同じ世界を舞台とする)――2002年から2010年にかけて書かれたものである。

 

20119月、『Toxic@』(『Urania』誌)が刊行。『Infect@』の登場人物たちが、7年後の物語を展開する続編だ。さらには2025~2032年のカートゥーン化されたミラノの世界が、10のスピンオフの短篇で描かれた。

 

2012年、Delos Booksの叢書Odissea Fantascienzaから、『Mondo9』(シリーズ全作)が刊行。これは電子書籍で刊行された短篇全4作に加筆修正を施して、一冊にまとめた“フィックスアップ”作品である。

 

トナーニの作品は数々の賞を獲得した。例えば、1989トールキン賞、2013年ロボット賞、2013カシオペア賞、ラブクラフト賞は2度(1994年と1999年)、イタリア賞は5度(19891992200020122013年)受賞。

 

既婚で、18歳になる息子が一人いる。ロンバルディアの周辺地区で暮らす。彼の小説の舞台となった場所の近くだ。現在、ミリタリーSFシリーズのプロジェクトと、『Mondo9』の続編シリーズの執筆を交互に進めている。

 

代表作

Infect@』(2007年)

L'algoritmo bianco』(2009年)

Toxic@』(2011年)

Mondo9』(2013年)

※一部の作品タイトルは、シーライトパブリッシング社のサイトで連載中の書籍紹介コラム「イタリアの本棚」にリンクしています。